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USJの仲間達 2007年12月14日 [テーマパーク]

今年、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下、「USJ」という)で仕事をさせて頂いた。
「トト&フレンズ」、「ワンピース」、「ヴァンパイア M子の夢」、これらプレミア・ショー3本の演技指導と演出協力である。

3月下旬、「トト&フレンズ」のリハーサルに初参加。プロ野球の落合監督ではないが、「オレ流」を貫いてきた俳優さんたちが「東京からどんな奴が来るんだろう?」と顔を揃えて身構えている。


クリエイティブ・スタッフによると、オーディションで厳選された彼らは、毎日様々なアトラクションやショーに出演しているプロではあるが、内心、演技に関して「本当にこれでいいのだろうか?」と自問自答しているという。俳優は自分の演技に関して客観的になれない。やはり技術的な指針が欲しい。私がUSJに求められたものが、この「指針」を彼らに示すことだった。

稽古を見せてもらう。俳優さんたちは芝居っ気(しばいっけ)たっぷりで、思い切った演技をぶつけてくる。しかし表現しようと意欲、熱意は伝わってくるが、「何を言っているのか」、「何をしているのか」、この二つが本人たちの思っているほど「飛んで」来ない。面白いのに、実に惜しい。

基本的な技術を説明した後、すぐに演技指導開始。自分の創り上げた表現を観客に届けるには「何が必要か」を具体的に挙げていく。「今、その登場人物は何をしてる?」の問いに、彼らは「何って・・・?こんな感じかな、って思って・・・」と、しどろもどろな返事が返ってくる。

「演技は雰囲気でやるのではなく、具体的なものである」、「自分の台詞に固執するのではなく、相手が放ってくる空気に乗って行くこと(交流)」等々の指導が進むうち、俳優さんたちの目の色が変わってくる。自分に言われている時は分からなくても、他人が言われているのを見て、「なるほど・・・」と合点が行き出しているのだ。


このような調子で行われたプレミア・ショー3本の稽古で、見違えるように進化していく俳優さんを見るのは楽しく、嬉しかった。彼らは私が提示する課題に対して実に真面目に取り組んでくれた。本番ではショーの売り物である得意のアドリブも爽やかで愉快な仕上がりを見せ、観客を楽しませていた。

俳優は作品を完結に導く「ワン・ノブ・ゼム」である。登場人物の一人として、ストーリーの中で果たさなければいけない役割を演技で全うする。その仕事が果たされた時、たとえどんな役であろうと俳優は「偉大なワン・ノブ・ゼム」、「誇り高きワン・ノブ・ゼム」となる。


USJには歌が上手く、踊りも素敵で、演技も魅力的な俳優さんが多く、ミュージカルの面白さを伝えるのに充分な素質と技術を持っている。プレミア・ショーは今後も楽しみである。

当たり前のことを繰り返す。技術の習得には「愚直(ぐちょく)」に取り組み、学ばなければならない時期がある。その時に必要なのは「素直(すなお)」であることだ。USJの俳優たち、いや、仲間達は充分「愚直」で「素直」だった。


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ハウステンボス 2004年5月5日 [テーマパーク]

アメリカ人スタッフが書いた台本。それを日本語版台本にするのが今回私が依頼された仕事だった。

どんな状況でも顔色一つ変えず、クールに通訳をしている長身の中村弓子さん。彼女の日本語直訳を参考に、ストーリーをつなげることから始めた。当然、直訳では芝居にならないため、求められるニュアンスを汲み取り、予想される演出まで想像しながら、日本の観客に受け入れられるためにはどういう表現が適切か、台本と睨み合った。

キャラクターに合った言い回しも含め、登場人物が生き生きとしたものになるためには、当然意訳にならざるを得ない。この台本が逆直訳されてアメリカに送られれば「こんなことは書いていない」とクレームがつけられるのは必至。それはそうだ。こちらで意訳したものを英語の直訳にしたら、元の台本との違いに戸惑うはずである。これは四季時代から経験している。

日本において、上演台本の意訳でしばしば問題となるこの件について、3月初旬、初めて長崎のハウステンボス入りをした私は、今回のショウを手がけるデリック・ラサーラ氏と制作デスク担当のシンシア・ブラックストーン女史に理解を求めた。

「あなた方が追求するテーマとストーリーを、日本語で表現するために最大の努力を払い、その結果意訳になっている。しかしあなた方が求める感動のポイントは押さえてある。そのことを信じて欲しい」。

我々は日本語と英語の文法の違い、日本語の特質等々、互いの国の文化論まで含めて雑談を交わした。当たり前のことではあるが、これがなかなか難しい。言語の壁、文化の壁を乗り越えて、共に仕事をするのだ。日米のスタッフの共同作業はまずお互いの信頼関係を築くことから始めなければならなかった。

後から知ったことだが、実はこの時すでににラスベガスの彼らの会社には私の日本語版台本が届いており、日本語をネイティブに理解するアメリカ人スタッフが読んだ結果、「問題なし」の結論が出ていたのである。

3月下旬、東京のスタジオで日本人俳優による吹き替え録音を無事終え、本来ならここで私の仕事は終了するはずだったのだが…。サンデーミュージカルスクール(現・羽鳥塾ミュージカルクラス)の開講を控え、まさか長崎まで行くことになるとは思ってもみなかった。
そのため羽鳥塾に休講が出てしまい、レッスン受講を検討をされていた方に大変な迷惑をおかけしてしまった。

オーディションに合格したダンサー達への演技指導、さらにはデリックが振付・演出したものを日本語台本と矛盾がないよう手直しする作業だ。

4月中旬、再びハウステンボスに向かい、東京で録音された吹き替えと現地での演出が合っているのか、ダンサー達の動きにおかしなところがないのか、限られた時間の中での手直しが始まった。彼らは他にもショウに出演しており、与えられた時間は1日40分程度。大幅な演出変更は無理である。

まずは日本語版台本と矛盾しているダンサー達の動きを直し、場面の意味を理解してもらう。台詞に即した動き、キャストの心情、それを取り巻くアンサンブルの役割を教え、シーンに意味を持たせる。

私自身の滞在もわずか10日足らず。通訳を介し、文字通り時間との戦いになった。ダンサーもスタッフも疲労困憊。しかしプレビューは目前に迫っている。休むわけには行かない。衣装や床山など次々と沸き起こる問題をどうにかクリアーし、ようやく「イースタン・オデッセイ」の幕が開いた。

スケジュールの都合で初日の前のプレビューを見て帰京したが、まさに怒涛のような日々であった。
細部に亘って進言できなかったことが多少悔やまれるが、このチームに参加できたことは私にとっても貴重な財産となった。多くの才能と出会った喜びが何よりも大きい。


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