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試演会 ミュージカル「マリリン」 2007年9月7日 [マリリン]

今回の試演会。羽鳥塾でプロを目指す生徒達がきらびやかな衣裳、大掛かりな舞台装置や照明に頼ることなく、想像力を駆使した演技で小道具や装置を舞台上に表出させ、至近距離にいる観客の前で登場人物として生きることが出来るかどうか。これが主眼であった。

生徒達に別途の費用負担がかかる発表会ではなく、月謝の範囲内で収める舞台づくりを目指したから、基本的には舞台装置も小道具もなし。衣裳も生徒自身が余り生地を工夫したり、自前で調達した。プロのスタッフの手を借りたのは照明と音響のみで、チラシやパンフレットも生徒自らが作成。「ロー・コスト」なミュージカルであった。

会場は普段ピアノの発表会や講演会等で市民が利用している「アートフォーラムあざみ野」のレクチャールーム。照明の調光室やピンスポットライトもなく、音響室も備えていない。演劇やミュージカル公演には適さないのだが、何と言っても私の本拠地から近距離にあり、利用料金格安が魅力(笑)。


一言添えると、照明操作は上手(かみて)袖脇の壁に備え付けられたコントロール・パネルで行い、立ったままの照明スタッフ(飯塚氏)は舞台の進行を見ることが出来ない。だから音楽のきっかけのみで照明の変化をつけていくというご無理をお願いした。舞台監督は存在せず、客席後方に設置した音響卓の脇にいる私がトランシーバー(インカム)を使い、舞台袖にいる元塾生スタッフと連絡を取り、音響スタッフ(神谷氏)に諸々のキュー(きっかけ)を出した。


低予算の中、照明と音響スタッフをプロにお願いしたのは、観劇後のお客様に千円を払って頂く舞台にするためだった。生徒達に「料金を頂いて演じる」というプロの出発点として欲しかった。

会場の悪条件にも拘わらず、飯塚氏と神谷氏が今回の仕事を快く引き受けて下さったことは感謝の念に堪えない。最低限、ストーリーを運び、生徒達の演技を観て頂くには、お二人の協力が不可欠であった。それ無しに「観劇後ご評価頂いた方には千円頂戴致したく」は実現しなかったろう。

ディケンズの「オリバー・ツイスト」を下敷きに私が生徒用に翻案した「マリリン」。新しいメンバーで今年4月から週に1度の土曜日、計20回ほどの稽古を重ねてきた。果たして「千円の価値」があったかどうか。


終演後、数々のご批評、ご感想を頂いた。メールで頂いた分は、いくつかホームページでもご紹介させて頂いているのでお読み下されば幸いである。ご批評、ご感想を下さった方々を大まかにグループ分けさせて頂くと、以下の3つになろうか。

    ①ミュージカルを含む演劇や音楽に携わって間もない若い方
    ②初めてのミュージカル観劇も含む一般のお客様
    ③ミュージカルや演劇に長年携わっている玄人(くろうと)。プロの方

①のお客様の声で一番多かったご意見は「カラオケの荒さ」。今回のマリリンの演奏打ち込み(カラオケ作成)は、聞けばびっくりするような低額費用でお願いしている。本来は稽古用に作って頂いたものであり、それを今回そのまま使用した。無料公演とした故である。であるからこのご指摘はごもっとも。


また「一曲一曲が短い」とのご感想も頂いているが、1時間を少し越えるストーリーの中で22曲が散りばめられている。皆必要不可欠なナンバーであり、1曲が長くてはストーリーが展開しない。選択は正しかったと認識している。

大体が①のお客様の中には、巷で上演される有料公演と比較されている方が多い。我々が行ったのは入場無料の試演会である。ご理解下されば幸い。

②のお客様には概ね先入観なしに、ストーリーと俳優の演技を楽しんで頂いたようである。笑顔満面で「こんな風に作られたミュージカルでも結構楽しいんですね。」とおっしゃって頂いた。「こんな風に」とは大掛かりな装置もきらびやかな衣裳もないことを指している。

さて、③の方々。ほとんどが我々作り手の意図を明確に認識され、正当な評価を下さった。

①のお客様の中には「マリリン」を物足りなく思われた方も多い。当たり前のように舞台が進行し、俳優が淡々と演じているからである。

しかし、この「当たり前」や「淡々」が如何に難しく大変であるかが、③のお客様には分かるのである。「1時間の作品で、しかもアマチュアのメンバーでよくここまで観せるね。無駄がない。いい舞台だったよ」のご感想は嬉しい限りである。

観劇感想集の最後にも掲載させて頂いているが、40代の編集者からお寄せ頂いたメールには舌を巻いた。一度しか御覧になっていないのに、真に的確な批評眼。出演者だけでなく、羽鳥塾の生徒全員に読んでもらいたいほどである。


さらに終演後にお話しさせて頂いた方。この方は海外ヒットミュージカルの数々の日本上演に長年尽力されてきた。ミュージカルを知り尽くされている。脚本やシーンとシーンのつなぎ、ナンバー構成、そして俳優の力量に至るまで、細部に亘って暖かいご評価を頂いた。

「膨らませれば一般公演ができる作品だね」とまでおっしゃって頂き、恐縮してしまった。もちろん今後の我々の活動を期待されてのことと思うが、大変勇気づけられた次第である。

手前味噌で自分の耳に心地よいことばかり述べているのは承知している。一旦、演し物(だしもの)をお見せすれば、賛否両論は当たり前。10人が10人、諸手を挙げて賛美してくれるわけではない。私は6割の方のご賛同を得られればまずまずの成功だと思っている。


試演会とはいえ、物足りなく感じたお客様も多くいらしたことだろう。数々のミュージカルやお芝居を御覧になっていて、「何だ、これは?」と憤慨された挙句、辛口のご意見を控えられ劇場を後にされたことは想像に難くない。


私は自分達の活動の「途中経過」をお見せした。まずは生徒達の演技を御覧になり、私の俳優指導を観客が受け入れて下さるかどうか。演技指導はオーソドックスで地道な作業である。

「何を言っているか分かる俳優」「何をしているか分かる俳優」。この二つをまず基本とし、シアタープロジェクト羽鳥を立ち上げ、ミュージカルクラス、演技クラスで俳優指導を始め、4年目に入った。そのご評価を頂きたく「観劇後の千円」という形に込めたのである。


今回、制作面では問題点が浮上した。しかし小規模だから怪我は少ない。小さくやっているうちは失敗も少なくて済む。修正すべき点を修正し、少しずつ次のステップに進みたい。ゆっくり進み、やがて遠くへ行き着けたら幸いである。寿命との勝負か(笑)。


いずれかの機会に試演会の創作秘話を語ろうと思う。


タグ:羽鳥塾
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舞台レッスン② 羽鳥塾ミュージカルクラス「マリリン」 2007年4月21日 [マリリン]

今回、我々のグループだけで作品を創ることにこだわった。
「マリリン」はオーソドックスなスタイルをベースにしたシンプルなストーリー。出演者は私の教室の生徒であり、発声や表現の基本技術の習得上にある、いわばアマチュア。しかしスピーディ-な筋運びと、耳に残るナンバー、シーンを捉えた振り付けにより、仕上がりそのもののレベルは決して低くないと自負している。

「一人の人間が何もない空間を歩いて横切る。もうひとりの人間がそれを見つめる。演劇行為が成り立つためには、これだけで足りるはずだ」とは、イギリスの演出家ピーター・ブルックの言葉だ。

さしずめ「マリリン」の場合、「見ず知らずの若い女が他所の村で女の子を産み落として死んだ。女の子は色々な人間達と関わり成長していく」という単純な演劇的展開。複雑な設定やおかずは一切省き、俳優達の演劇行為の成立を目指した。

脚本には起承転結の明確な構成が必要不可欠であり、演出とは筋を張ること。劇団四季在団中、この二つを徹底的に学んだ。どんなレベルの作品であろうと、シーン一つひとつに必然性と関連性を持たせ、舞台上で何が行われているのかを観客に示し、ストーリーを運んでいかなければならない。

この基本の上に作曲と振り付けの仕事が加わるのがミュージカル。作り手の好みで絵巻物語のようなダラダラと冗漫な舞台にすることだけは避けなければならない。演技と同様、作品は「気持ち」で作るものではない。理性と感性で丁寧に織り上げていくものだ。

こうありたいという「理想」を、観客という「現実」を前にしてどうストーリーの糸を紡いでいくか。私が芝居屋でいる限り、永遠の課題であり、忘れてはならない戒めである。

翻って今回の「マリリン」。1年かけたとはいえ、週に1回3時間のレッスン。年間にすればたった48回。限られた時間の中で一人3~4役に挑んでもらったが、彼らの集中力は最後まで消えることなく、舞台で集約されていた。

学業や仕事を抱えている生徒達の演技はまだまだ未熟である。しかし御覧頂いた観客の反応から判断すると、少なくとも「ストーリー」と「テーマ」は舞台上に明確に表出されたと感じている。

1時間の作品では登場人物の掘り下げや陰影を出すことは難しいが、生徒達の熱意に応えるべく、8月に試演会を決めた。次回は簡単な衣裳と小道具を用意し、照明と音響も、もう一段階グレードアップした演出で「マリリン」を上演したいと考えている。

全国で「ミュージカルを上演してみたい。でも何をどうやったらいいのか・・・?」と模索してらっしゃる方は多いと思う。膨大な費用にも二の足を踏まれることだろう。しかしやり様はある。

我々は喜んで「マリリン」をお貸し、ご相談に乗るつもりである。「総合作業」を行う演劇が、教育的見地においていかに人間ひとりひとりのコミュニケーション能力向上に役立つかは立証されている。一人でも多くの方が演劇に関わり、感動の喜びを分かち合うことは日本の演劇の発展につながると信じている。


タグ:羽鳥塾
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舞台レッスン① 羽鳥塾ミュージカルクラス「マリリン」 2007年4月12日 [マリリン]

羽鳥塾ミュージカルクラス(旧・サンデーミュージカルスクール)。

年度末最終レッスンを保護者や関係者に御覧頂きたかったが、お招きするには私のスタジオは手狭。一日だけ借用する広めの稽古場を探していたところ、「アートフォーラムあざみ野」の「レクチャールーム」に行き着いた。

普段は講演会やピアノの発表会等で横浜市民が利用しており、階段状の電動式客席が190席ほど。ピンスポットがあるわけでもなく、お芝居やミュージカルに適している劇場とはいえない。

しかし多少は照明効果も行え、少ないながらマイクも借りることができる。この劇場で「舞台レッスン」と銘打ち、ジュニアと初級Ⅱの両クラス最終レッスンを行うことに決めた。入場料はもちろん無料。

衣裳も舞台装置もなし。生徒は普段通りのレッスン着のまま。台本は生徒用のテキストとして私が書いたオリジナルミュージカル「マリリン」。

オリバー・ツイストを下敷きにしているが、手紙に例えれば、「拝啓、お元気ですか。こちらも元気です。敬具」といった必要最小限のセリフでつづられた1時間ほどの小品である。ナンバーは20曲ほどで、作曲は鈴木京子君。振り付けは松永さち代君が担当した。共にミュージカルクラスの講師仲間だ。この作品を教材として、生徒達は1年かけてレッスンを積んできた。

3月31日(土)、「アートフォーラムあざみ野」。朝9時に全員集合。ウォーミングアップ終了後、俳優の場当たり、転換稽古、テクニカルリハーサルが始まった。

用意されている時間は1時間30分。無茶なスケジュールだが、稽古終了時間が16:30と決められている以上、致し方ない。音響や照明スタッフは皆、羽鳥塾演技クラスの生徒や身内。専門家ではなく素人だ。こういった「総合作業」を生徒達に体験してもらうのも今回の狙いである。

慌しくはあったが、稽古を進行する私と松永さち代君は、過去、修羅場を多く踏んできている。時間内で出来る必要なことだけを選択し、他は切り捨てる。「総合作業」はさしたる混乱もなく進んだ。

11時過ぎ、保護者、関係者に「稽古の延長とお考え頂きたい」とご挨拶をし、ジュニアクラス2組、初級Ⅱ2組、計4組の通し稽古を開始した。アクシデントやハプニングもなく、16時30分に稽古は無事終了。

感想。まず生徒たち俳優について。稽古の延長とはいえ、客席を前にしての演技。衣装やメーキャップに頼ることができず、俳優は生身の体をさらす。想像力を駆使し、動きやマイムで装置や小道具を舞台上に表出させ、何よりも登場人物として生きなければならない。

舞台ではこれまでレッスンで見受けられた俳優の気質が如実に表れた。「稽古は嘘をつかず!」。黙々と自分の課題に取り組み、役の人物を積み上げてきた者。己自身を出発点とはせず、ややもすれば型に走り、上手にやろうとする者。その差が歴然と舞台に表出した。

確かに皆一生懸命。踊り、歌い、演技した。しかし真の表現者となるか、ひとりよがりの演者になるかは、結局は日頃のレッスンで培われる意識の差なのだ。

舞台上で行われていることを自分に起っている事実と信じて反応していく想像力の即興性。それをシンプルに客席まで届ける表現力。「居(い)て」「聞き」、「見る」。難しいことではある。しかし目指さなければならない。

作品創りについては次回に譲る。


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