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<title>羽鳥三実広の演劇雑記</title> 
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<modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
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<tagline><![CDATA[演劇に生きる]]></tagline> 
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<title>年頭所感～次代を担う若者たちへ</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2012-03-05 19:59:04+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2"> 　「突然、未来が変わった」。メディアに報じられるまでもなく、昨年の東日本大震災により、日本人の多くが自らの生き方や考え方を問うこととなった。</font></p><p><font size="2">　常に変化し、時に人間に暴威を振るう自然。我々は将来どうなるか分からない世界に生きているという現実。未曾有の大災害を前に、内奥にこだまする「人生無常」。</font></p><p><font size="2">　何のために芝居をやっているのか？　なぜ他の仕事ではなく演劇なのか？　大震災以来、くすぶる根源的な問いがあった。俳優を育て、作品を創ろうと格闘することで過ぎていく毎日…。果たして私のやっていることに意味があるのか…？</font></p><p><font size="2">　大震災で大きな被害を受けた陸前高田市が、共に教員であった祖父・祖母の最後の赴任地であることを、震災後、初めて知った。私のルーツ…。その昔、生活困難な時代に教員として奮闘、格闘していた祖父母。二人の教え子やその子孫がいる町が津波で流されていく痛ましい映像が、今でも脳裏に焼きついている。祖父母が生きていた時間に思いを馳せると、奇しくも大学の教員になった私に、残りの人生での使命が少しずつ見えてきた。</font></p><p><font size="2">　「無常」に失望し、あきらめるのではなく、「無常」だからこそ、より積極的に生きてこその人生。次代を担う若者たちにそれを伝えていくことが、私の仕事ではないか…。</font></p><p><font size="2">　演劇を専門とする指導を天職と心得、プロとして通用する俳優の育成に私はこれからも力を注ぐ。しかし合わせて社会に貢献する人間に育てる努力を怠ってはならない。羽鳥塾や大阪音大の多くの若者たち…。演劇を勉強し、演劇を愛することで人間として成長し、コミュニケーション能力や表現力、思いやりを武器に、たとえ将来どのような職業・仕事についたとしても、人に喜んでもらえる、信頼してもらえる人間になってもらいたい。そう強く願うようになった。</font></p><p><font size="2">　先日、かつて羽鳥塾で学び、舞台活動していた女優さんが、看護師を目指して勉強を始めた。震災をきっかけに決心し、芝居はもうやらないと言う。「アルバイト先の病院で患者さんにお話や歌を聴かせてあげると、とても喜んでもらえる。芝居をやっていて良かった」と笑顔で語っていた。その顔の何と清々しかったことか。</font></p><p><font size="2">　私はこれからも演劇の道を歩いていく。指導すること、教えることで、逆に教わっていく。技術だけでなく、俳優に必要な人間の「地固め」を生涯の仕事とし、合わせて人々に感動と喜びをもたらす作品を創っていく。</font></p><p><font size="2">　人の役にたち、社会の役にたつ。それが私の仕事。</font><font size="2">　年頭の所感であった。</font></p><a name="more"></a>
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<title>表現への意欲 ② [大きな表現]</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2012-01-11 10:56:04+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">　（前回からの続き）</font></p><p><font size="2">　「登場人物が何を代表しているのか」を掴むことである。</font></p><p><font size="2">　ひと昔前の通俗的な例を出す。結婚に関する父と息子の親子喧嘩。「家の中の小さな世界」が舞台だ。だが、結婚が家同士のつながりであり、個人の選択を認めない「社会」の問題と考える父親と、自由意思に基づく「個人」の問題と主張する息子の対立となれば、事は「家の中の小さな問題」とはならない。</font></p><p><font size="2">　父親は「保守」と「封建」を、息子は「革新」や「自由」をそれぞれ背負い、社会全体、人間全般の話となる。この「対立」構造を作家はストーリーの中で描き、演出家が舞台に露見させる。俳優は対立構造のそれぞれの「代表」として演じるのだ。背負っているものは真に大きい。</font></p><p><font size="2">　「世界の中心に向かって愛を叫ぶ」という本があったと思うが、私はこのタイトルをもじって「代表者として、世界の中心に向かって訴えろ！」と俳優を指導している。</font></p><p><font size="2">　このアドバイスで、「大きな表現」に近づく俳優は多い。もはや俳優個人の問題ではなくなり、自分に拘泥している暇がなくなるからだ。俳優は作家の代弁者となり、社会全体、人間全般の問題として演ずる。演技のスケールが大きくなるのだ。</font></p><p><font size="2">　しかし発声や台詞の基本技術、感情のコントロールが未熟な俳優には効果がないアドバイスである。ただ力が入り、時に怒声となる。</font></p><p><font size="2">　だからやはり技術は磨かなくてはならない。それと同時に「表現するという意志の強さ」も鍛えるのだ。鍛えて、鍛えて、鍛えたものを観客にお見せするのが俳優の仕事。</font></p><p><font size="2">　作家は書かずにいられないから書き、俳優は伝えずにはいられないから演ずる。観客は喜びや感動を得たいがため劇場に足を運ぶ。</font></p><p><font size="2">　演劇は真（まこと）に誇り高い。</font></p><p><font size="2"></font></p><a name="more"></a>
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<title>表現への意欲 ①</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2011-02-28 10:00:00+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">　随分昔のことだが、小劇場系のお芝居を観ていた頃、帰路、不思議と元気になっている自分に気づいたことがある。発声に関して言えば、何人かの俳優の怒声は頂けないし、時として何を言っているか分からず閉口したことも多かったが、彼らにはほとばしるような「表現したい！」というエネルギーがあった。</font></p><p><font size="2">　舞台俳優は観客に「想いを届ける」という原点から見れば、私は小劇場の出演者達から「熱い想い」を受け取り、結果、身内に活力がみなぎったのは事実だ。上手い、下手ではなかった。</font></p><p><font size="2">　舞台俳優が持っているべきものの一つが「表現への意欲」。「人に訴えかける力」だ。</font></p><p><font size="2">　「俳優の仕事とは、作家の書いた文体に肉体と声を貸すこと」。３５年前、芝居の勉強を始めた頃に教わり、セピア色に色褪せたノートに書かれたこの言葉を、今でも時折読み返す。</font></p><p><font size="2">　私はこう言い換えて俳優を指導している。「台本に書かれてあることを、力の限りを尽くして客席に届けろ」。「力の限りを尽くして」とは、技術はもちろんだが、俳優の魂の喚起も含んでいる。</font></p><p><font size="2">　俳優とは「行動する人」である。しかし舞台上で登場人物が淡々と行動しているだけで、果たして観客は感動するか？</font><font size="2">　「芝居が小さい！　もっと大きな芝居をしろ！」は、今でもあちこちの稽古場で演出家が俳優を鍛えている言葉だろう。</font></p><p><font size="2">　では、どうすれば大きな表現ができるのか。</font></p><p><font size="2">　一つの考え方がある。</font></p><p><font size="2">　（次回へ続く）</font></p><p><font size="2"></font></p><a name="more"></a>
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<title>目指すは「分かるお芝居」 ②</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2010-10-01 13:13:44+09:00</issued> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://enngekizakki.blog.so-net.ne.jp/2010-10-01">
<![CDATA[
<p><font size="2">　　「演出家とは筋張り職人である」。演劇の師の教えが私の基本にある。脚本があり、俳優が演じ、観客が感動する。三者の橋渡しをするのが演出家の仕事だ。シーンとシーンとの間に橋をかけてストーリーを紡いでいく。舞台上で進行していること、行われていることを観客の前に明らかにしなければならない。その上で「面白さ」と「感動」を追及する。</font></p><p><font size="2">　感動を創出するために、我々作り手に必要なものは何か？いいものを創りたいという「作品に込めた深さ」である。師は「祈り」と呼んだ。「祈り」を持ち、表現技術を飽くことなく追及する者だけが「観客の感動」という果実を得る。稽古場における汗の量、振り絞る知恵や工夫の数々。知名度でもお金のかけ方でもない。不断の努力と精進。私はどんな仕事であれ、稽古をしない俳優や知恵を絞らないスタッフに好感を持つことができない。</font></p><p><font size="2">　感動を呼ぶために我々は作品を可能な限り「緻密」に創る。よく「羽鳥は細かいからな」と言われる。しかし「緻密」の積み重ねこそが「違和感なく自然」に見える舞台を創り上げ、台詞や音楽の調べを「ある時は軽快に、ある時は重厚に」響かせるのである。ただし、「木を見て森をみない」の愚を犯してはならない。「森を見て木を見る」。</font></p><p><font size="2">　例えば音楽。どの箇所に、どのくらいの寸法でメロディーを入れ、どれほどの音量で奏でれば効果的か？</font><font size="2">例えば照明。ナンバーの変化で、あるいは台詞のきっかけで、登場人物の心情の変化を表すには？</font><font size="2">俳優の演技は正しいか？立ち位置は？舞台袖への引っ込みは、前がいいか、後ろがいいか？</font><font size="2">　</font><font size="2">数え上げればキリのない迷いと選択が延々と続く。それらに優先順位をつけ、「大きな課題」から「小さな課題」へと片づけていく。その集積が公演なのである。</font></p><p><font size="2">　スタッフの力を借りながらも、最終的には演出家である私がすべてを決定しなければならない。予算、人員、劇場、開幕までの残り時間等々、与えられた条件下、作品を創り上げる上でのベストな選択を迫られる。</font></p><p><font size="2">　演出家に求められるのは目と耳の確かさ、そして、ストーリーを紡ぐセンスと言えるか。</font><font size="2">　</font></p><p><font size="2">　すべては観客のために。</font></p><p><font size="2"></font></p><a name="more"></a>
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<title>目指すは「分かるお芝居」 ①</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2010-07-29 13:17:26+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2"></font>　<font size="2">初演を振り返っているうち、7月も後半。再演まで残り3カ月余りとなった。「再演にあたって」を語ることにする。</font></p><p><font size="2">　我々の作品づくりのコンセプトは一貫している。「初めての方がご覧になっても分かるお芝居」。「分かる」とは「お話が分かる」ということである。「ストーリーの明快さ」と置き換えてもいい。そのために俳優、スタッフは総力を絞る。</font></p><p><font size="2">　今年観に行ったあるお芝居でのこと。1幕が終わった時、隣の高齢のご婦人に尋ねられた。「これはいいお芝居なんですよね？」。一瞬、言葉を探しながら、「…、ええ」と答える私。「ちょっと私には分からなくて…」。彼女は恐縮したように続ける。私は「少し難しいお話しですし、表現の約束事もあるので、分かりにくいところがあるかもしれませんね」とフォローした。</font></p><p><font size="2">　実際の舞台はと言うと、出演者たちは好演しているし、作品の質もかなり高い。だが脚本のテーマが壮大であり、ストーリーの運び方は難しい。演出も芸術的と呼ぶにふさわしい頂（いただき）を目指している。それほどお芝居の愛好家とは言えないであろう高齢のご婦人が楽しむには、少し敷居が高かったのかもしれない。</font></p><p><font size="2">　それでも私は思う。たとえ難解な作品であろうと、彼（か）のご婦人が「分かりやすく、感動する作品」を創りたいと。</font></p><p><font size="2">　演劇は生（ナマ）で観客に届けるしかない。その場一回限りという点において映像とは決定的に違う。観客の反応は演じてである俳優にリアルタイムで起こり、演技のやり直しはきかない。お金を払って劇場に足を運ぶ観客が「来て良かった」「観て良かった」と思うには、「分かりやすさ」は必須の入り口だ。</font></p><p><font size="2">　俳優は、「分かるお芝居」を創るために、以下の３つに留意して日頃からの鍛錬を行ない、舞台に臨まなければならない。</font></p><p><font size="2">　・何を言っているか分かる（言葉）</font></p><p><font size="2">　・何をしているか分かる（行動）</font></p><p><font size="2">　・どんな思いなのか分かる（情感）</font></p><p><font size="2">　では、「分かるお芝居」を創るために、演出家である私がすることは？</font></p><p><font size="2">　</font></p><p><font size="2"></font></p><a name="more"></a>
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<title>「夜物語」 初演 （３）　～舞台美術　パネルが、…青…？</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2010-05-24 00:00:00+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">　後に分かることだが、仁平君の頭の中では、前進座劇場の寸法、客席からの見え具合、照明の有り様、これら全てが計算され、装置の形状と色の具体的なイメージが出来上がっていた。当時のスタッフで本当に仁平君の舞台装置で行けると判断していたのは、本人を除けば他1人だったろう。もちろん私ではない。</font></p><p><font size="2">　9月15日、前進座劇場で仕込み開始。大道具が建て込まれた。それ以前にパネルの数は私の判断で上手、下手それぞれ1枚ずつ減らしていた。空間バランスを考えてのことだ。もちろん仁平君も納得の上で了承。パネルの材質もコスト削減のために安価なものにした。安っぽい装置にはしたくなかったので、私はかなり心配して相談したのだが、この時も仁平君は「材質を落としても全く問題ないです」と言い切った。そして実際、全く問題なかった。</font></p><p><font size="2">　飯塚さんによる照明の調整が始まった。うす暗い客席から舞台を眺めた私は、決して誇張ではなく、全身が震えた。まだ調整中の照明だというのに、仁平君の装置が圧倒的な存在感で客席に迫ってくる。まさしく「夜物語」の世界…！信じて良かった！</font></p><p><font size="2">　翌16日。俳優が参加しての舞台稽古。パネルの「青」は屋根裏部屋、妖精の国、ウルクーの森、魔法使いの国で、実に様々な表情を見せる。ベテラン・飯塚さんの照明の当て加減によって各シーンは違和感なく表現され、出過ぎて邪魔することもなく、背景となって消えることもない。ストーリーに貢献する頼もしい存在となっていた。「青」は効いていた…。</font></p><a name="more"></a>
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<title>「夜物語」 初演 （２）　～舞台美術　パネルが、…青…？</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2010-05-03 10:00:00+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">　舞台美術家・仁平祐也君。小劇場を中心に大道具や小道具製作を黙々と一人でこなす「職人」。180センチはある長身で、無精髭をはやし、バス・バリトンの声で訥々と話す。一見いかつい風貌だが、クリっとした瞳が澄んでいて、実は心やさしき巨人。</font></p><p><font size="2">　2009年2月末。彼が考案した装置のデザイン画が出来上がった。上手と下手の尖塔形パネルがそれぞれ5枚ずつ舞台手前端から中央奥に向かって並べられ、尖塔は内側に向かってカーブを描いている。色は濃い「青」が基調で、パネルの表面は葉脈をモチーフしたデザイン。地球をイメージし、上下（かみしも）の先端を合わせれば円のシルエットが想起される。</font></p><p><font size="2">　造形は悪くない…。しかし、色が、…青…？　これで全シーンを表現する…？　少々不安になった。さりとて私は「ノー！」と言うだけの確固たる自信が持てなかった。「もしかしたら、これ、…、結構いいのかな…？」というかすかな予感があったのかもしれない。</font></p><p><font size="2">　そうこうするうち、3月中旬。デザイン画通りの舞台装置模型が私のスタジオにデンと置かれた。仁平君はもちろん、照明の飯塚さんや舞台監督の神谷君も顔を揃え、具体的な舞台美術ブランを練る。だが正直なところ、打ち合わせが進んでいたこの段階になっても私はまだ迷っていた。色は本当に「青」でいいのか…？</font></p><p><font size="2">　飯塚さんも色に関しては「この青でも出来ないことはないが…」と口を濁し、吊り物やバトンの専有についての議論に終始している。照明的にも濃い「青」では成立しにくいのではないか…？　迷いに迷う。</font></p><p><font size="2">　ええい！全てが理屈で決まるものではない！何かで読んだことのある言葉を思い出す。「物事に迷った時は、人を信じろ」。色具合の良し悪しの判断がつかないのだから、それだったら、創った仁平君を信じろということだ。彼と心中！信じることで、迷いを無理やり打ち消した。</font></p><a name="more"></a>
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<title>「夜物語」初演（１）～初演を振り返って</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2010-03-08 10:00:00+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">　昨秋上演した「ファンタジー・ミュージカル　夜物語」。自主制作の第1作目である。上演が実現するまでにはいくつもの高い壁があり、一つひとつ乗り越えなければならなかった。昨年内にすぐにでもこの演劇雑記で振り返りたかったが、興奮のフィルターを通して書くことは避けたく、故に今となる。思い起こすことから順次触れていく。</font></p><p><font size="2">　2008年初頭。台本と音楽はすでに出来上がっており、稽古はこの年4月から始まった。開幕初日まで16か月余り。慌てて創りたくなかった。初演である。練りに練り、上演するに値する「質の良い作品」に仕上げなければならない。そのためには16カ月が必要だったのである。</font></p><p><font size="2">　稽古は週に1度。1日3時間。決して長くはやらない。このシステムがうまくいった。週に1度だから、残りの6日間、俳優たちは作品および自分の役についての理解を深め、技術練習を繰り返す。翌週のレッスンに十分な準備ができるのである。</font></p><p><font size="2">　ところで、「読み合わせ」という稽古初期の言葉がある。だが私は「しゃべり合わせ」と考えている。内容を掴んだり、役を掘り下げるために、俳優個人が台本を目で追って「読む」ことはもちろん大変重要。しかしそれは事前に行うべき準備の一つであり、稽古場に出演者が集まり、声を出すのなら、「読む」のではなく、積極的に「しゃべる」べきだ。</font></p><p><font size="2">　「力む」癖がある俳優と同様、「読む」癖がなかなか抜けず、「自由さ」を失ってしまう俳優は多い。声を出す筋肉と頭脳が「読む」ことを覚えてしまうのだろう。だが「読み言葉」の延長に「しゃべり言葉」はない。稽古の初期段階であろうと、自らの肉体を使い、対象に向かって積極的に「しゃべりかけて」いってほしい。</font></p><p><font size="2">　「しゃべる」とは「働きかけ」であり、「行動」である。解釈がトンチンカンでも構わない。生きている人間として存在を示して欲しい。たとえ「しゃべり合わせ」の段階で俳優が間違った方向で表現（行動）していたとしても、稽古が進んでいく中で内面を変えていけば良い。深みが無いなら、深みをつける努力をしていけば良い。登場人物が置かれている状況と目的意識、この二つの把握が結果として俳優を理に叶った行動へと導き、演技を深める。「しゃべり方」などはいくらでも変わるはずだ。</font></p><p><font size="2">　「しゃべり合わせ」から始まった数ヶ月間、俳優たちに求め続けたことがある。「登場人物が生きる世界を自らのイマジネーションで構築してほしい！」。「夜物語」はファンタジー。リアルで現実的な人間世界のお話ではない。「基本」は大事で崩してほしくないが、自由闊達な「遊び」感覚が必要。まさに一から創り上げる俳優たちとの共同作業が続いた。</font></p><a name="more"></a>
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<title>ロータリークラブ（３）　演劇には力がある！</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2009-07-13 10:00:00+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">塾生6人がそれぞれリーダーとして別々な部屋で各グループを指導している。私は6つの部屋の外をウロウロしながら、時折、すき間からのぞいたり、ドアに耳をあてたりする。50歳を過ぎた男にしては少々みっともない。</font></p><p><font size="2">笑い声が聞こえることもあれば、議論めいた会話も飛び交う。心配ではあるが、塾生6人が体をはってセミナー参加者とぶつかり合っている。</font></p><p><font size="2">セミナー３日目、19日（日）、午前11時。いよいよ6つのグループによる発表会である。実行委員の方々だけでなく、第2590地区のガバナー清水良夫氏を始めとして、ロータリアン（会員）の方々も見学にいらっしゃった。</font></p><p><font size="2">発表会が始まった。劇場ではないが、少しでも雰囲気を出そうと、会場の照明スイッチを消したりつけたりしながら、汗だくになっているのは私である。出来る人が出来ることをやる。芝居を創るのには当たり前のことだ。</font></p><p><font size="2">俳優としては全くの素人。3日間で計たった6時間ほどの稽古。セミナー参加者の出来はいかがであったか？</font></p><p><font size="2">「演じるひたむきさと観る思いやり」、「取り組む実直さと、応援する暖かさ」。</font><font size="2">俳優と観客の良き関係が、この会場に流れていた。</font></p><p><font size="2">感動したのは私だけではないだろう。セミナー参加者、見学のロータリアンの面々。</font></p><p><font size="2">「演劇には力がある！」。人を感動させ、時により人の一生を変えてしまうような。私は改めて確信した。</font></p><p><font size="2">この度、ロータリアンの方々と出会い、セミナー参加者と出会った。そして色々と学ばせて頂いた。</font><font size="2">「出会いと気づき」…。これは秋に上演するファンタジー・ミュージカル「夜物語」のサブ・テーマでもある。</font></p><p><font size="2">出会いに感謝！</font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><a name="more"></a>
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<title>ロータリークラブ （２）</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2009-06-26 10:00:00+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">　今回の「ロータリー青少年指導者養成セミナー」。<font size="2">参加者のほとんどが一般の社会人で、演劇に関心のある方やミュージカルファンがそう多いとは思えなかった。だから当初</font>テキストづくりは難航。</font></p><p><font size="2">「歌って、踊って、台詞もしゃべって、のミュージカルであれば、終了後の達成感があります。いかがですか？」。私の提案に、「ミュージカル？　歌があると知ったら、皆、引いてしまうかもしれません」。セミナー実行委員会の方が申し訳なくお答えになった。うーん……。</font></p><p><font size="2">　で、「寸劇」で行くことにした。お芝居。だが、ストレートプレイの俳優でも日頃から肉体訓練としてダンスやボーカルのトレーニングを行う人は多い。だから今回の参加者にも、プロの俳優が行っているであろう日常トレーニングをミニ体験してもらおうと、ジャズ・ストレッチとボーカル発声をカリキュラムに入れた。</font></p><p><font size="2">松永さち代君と西島美子君の出番だ。それぞれ25分ずつで、私の台詞の発声が30分。以上をウォーミングアップとした。</font></p><p><font size="2">　さて、肝心な寸劇。ワークショップ参加予定人数をまずは90人と想定し、寸劇６つを私が考案し、参加者を6つのグループＡＢＣＤＥＦに分けた。1グループが15人。さらに1つの寸劇の中に3つのシーンを作り、グループ内15人をそれぞれのシーンごとに割り振る。つまり１シーン5人の計算。</font></p><p><font size="2">以上を基本形とし、実際の参加者の増減はテキストにおける登場人物の増減として、現場で調整すればよいと考えた。</font></p><p><font size="2">　ところで今回の目玉。それは羽鳥塾の塾生がそれぞれ各グループのリーダーとなり、演技指導、演出を行うことだ。</font></p><p><font size="2">浅野哲、門川明日香、菅野直美、坂本一海、野口智世、麦谷八絵の6人にとってはもちろん初めての経験。皆、戦々恐々としていた。私はニンマリして彼らに言った。「教えることは教わることだよ」</font></p><p><font size="2">　2日目と3日目の各1時間。ワークショップ参加者とは年齢も近い塾生6人の格闘が始まった。</font></p><p><font size="2">次回は「ロータリークラブ」の最終回。</font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><a name="more"></a>
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<title>ロータリークラブ （１）</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2009-05-11 08:52:39+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">　4月17日（金）夕刻。京浜急行の金沢八景駅からシーサイドラインに乗り換えて2つ目の野島公園駅で降りる。向かうは横浜市野島青少年研修センター。</font></p><p><font size="2">同センターで開催される「第25回ロータリー青少年指導者養成セミナー」のプログラムの一つ、「演劇ワークショップ」を担当させて頂くことになったのだ。</font></p><p><font size="2">　同行はミュージカルクラスの講師仲間、松永さち代君、西島美子君。他にお手伝いとして羽鳥塾の塾生、浅野哲、門川明日香、菅野直美、坂本一海、野口智世、麦谷八絵の６名。</font></p><p><font size="2">　ところでロータリークラブとは一体いかなる活動をしているのか？　国際ロータリー第2590地区のガバナー、清水良夫氏がパンフレットに書かれたメッセージから一部引用させて頂く。</font></p><p><font size="2">　「世界の事業・専門職務のリーダーや地域社会のリーダーであるロータリアン（会員）が世界的なネットワークを作り、地域社会、国際社会において人道的な奉仕活動を行い、職業における高い道徳規準を奨励し、世界中で友好と平和を築くために尽力しています」。</font></p><p><font size="2">　高邁な理想、理念の元に活動されている組織であることが分かる。また、セミナーについてはパンフレットにこう謳われている。「14～30歳までを対象に指導力や善良な市民としての資質を伸ばすことを目的とした集中研修プログラム」。</font></p><p><font size="2">　何とも大変は仕事を引き受けてしまったのではないか…。正直なところ、当初、相当心配になった。</font></p><p><font size="2">　セミナー参加者は90名弱で男女比はほぼ半々。同センターに2泊3日で合宿生活を行い、互いの親睦を深めながらハードなスケジュールをこなしていく。</font></p><p><font size="2">朝6時に起床、散歩から始り、「アイスブレーキング」、「救急法講習」、「ＡＥＤ」、「日本の食糧事情」、「裁判員制度」、「模擬裁判体験」等々、夜までびっしりとプログラムが組まれている。</font></p><p><font size="2">「リーダーシップとコミュニケーション」等の基調講演もあり、実に多種多彩。そして17日、18日の最後を締めくくるのが私の「演劇ワークショップ　6つの物語／様々な人生」であり、最終日19日の午前中には、その発表会も行う。</font></p><p><font size="2">　さて、いかなる様子であったか？　詳細は次回。</font></p><p><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif'"></span></p><font size="2"></font><a name="more"></a>
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<title>銀河劇場「オンステージ・ワークショップ2009」</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2009-03-04 10:11:05+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">　2月8日の日曜日。昨年に引き続き、今年もまた銀河劇場での「オンステージ・ワークショップ」の講師を務めさせて頂いた。</font><font size="2">　テキストは昨年と同様、ホリプロで上演された「ピーターパン」の台本から私が抜粋したものである。</font><font size="2">参加者は9歳から40歳超の27名。母娘で参加という微笑ましいお二人もいらっしゃった。</font></p><p><font size="2">　講師陣の顔ぶれは昨年と変わっている。歌唱指導の鈴木京子君は羽鳥塾ミュージカルクラスの講師仲間。劇団四季在籍中に「オペラ座の怪人」のクリスティーヌ、「美女と野獣」のベル、「エビータ」のエビータ等々、数々の主役を務めた実力派だ。「名選手、必ずしも名監督とはなり得ず」は大はずれ。彼女はトレーナーとしても群を抜く力を持つ。</font></p><p><font size="2">　振付の羽根渕章洋君も元劇団四季。「キャッツ」のミストフェリーズ、「ライオンキング」のティモン等々、多くの作品に出演し、活躍していた。現在、現役のダンサーを続けながら、クラシックバレエの講師や振付家として活動している。</font></p><p><font size="2">　アシスタントは坂本一海君。私の主宰するミュージカルクラス、演技クラスの両教室で学んでいるバリバリの若手ミュージカル女優さんだ。秋に上演する「夜物語」への出演も決まっている。将来はダンス指導や振付の分野にも才能を発揮していくことだろう。</font></p><p><font size="2">　さて、ワークショップは昨年と同様の流れで運んだ　（2008年　3月7日　演劇雑記参照）。午後5時過ぎ、舞台では高揚した表情で並ぶ参加者の眼前を緞帳（どんちょう）幕が下ろされていく。一日の成果を発表する「本番」が終了したのだ。劇場関係者の声をご紹介しよう。</font></p><p><font size="2">　「ワークショップを受ける前と後で、素人さんでもこんなに変わるんだ？！　もう、感動して涙が出た！」　この感想を漏らした御仁、若い方ではない。演劇界で40年以上も精力的に仕事をされてきた方だ。他にも見学者の多くが「感動した」とおっしゃってくださった。</font></p><p><font size="2">　では一体何が皆さんにそう言わしめるのか？　短時間ながら自分の課題に必死に取り組む参加者の姿である。そこにはプロの俳優にありがちな「うまくやりたい」、「成功して有名になりたい」などの邪心はない。ただただ必死に「やり遂げたい」という熱い想いがあるだけだ。</font></p><p><font size="2">　脇目もふらず、目の前のことに全力を尽くす。ありきたりな言葉だが、その姿勢が見ている者を感動させたに違いない。指導している私だって目頭が熱くなった。</font></p><p><font size="2">　一般の方が劇場に親しむ機会を提供する、この銀河劇場の「オンステージ・ワークショップ」。副題は「ミュージカル俳優入門　レッスン～お稽古まで」。ミュージカル俳優が日頃自らに課す訓練や、公演のために踏む稽古プロセスを、たった半日ほどで体験する試みである。</font></p><p><font size="2">　いつも客席から見ているだけの舞台上で、束の間ながら実際に自分が俳優として演じ、歌い、踊ったという経験は何物にも代えがたいはずだ。参加者の皆さんがこれからも熱い想いを持って演劇を支えて下さる観客となられることを強く信じている。</font><font size="2">このような試みは一般の方が劇場文化へ関心を持たれる良い機会だ。是非全国各地で行われることを祈りたい。</font></p><p><font size="2">　ワークショップ当日は「ケーブルテレビ品川」さんの取材も入っていた。「きょうの参加者の出来は何点ぐらいですか？」のインタビューに私は自信を持って答えた。「100点満点です！」</font></p><p><font size="2"></font></p><a name="more"></a>
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<title>日本一の栄冠！～大阪のワークショップに参加した先生と生徒たち</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2009-01-12 08:12:24+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">嬉しいニュースだった。日本弁護士連合会主宰の「高校生模擬裁判選手権東西対抗決戦」で、京都教育大学付属高校が見事日本一の栄冠に輝いたのだ。</font></p><p><font size="2">昨年9月、大阪高生研　（おおさか・こうせいけん／全国高校生活指導研究協議会大阪支部の略）　のお招きで「教師のための発声・表現・演劇講座」なるワークショップの講師を務めさせて頂いた。200</font><font size="2">5年の東京大会に引き続き2度目である。</font></p><p><font size="2">参加者は現職の教師の皆さんの他、高校生も含め38名。</font><font size="2">前回と同様、「飛んだり、跳ねたり、腕を回したり」しながらの発声練習を終えると、質疑応答に入った。</font></p><p><font size="2">「俳優にとって観客に言葉や想いを届かせる技術の習得は必要不可欠。教育現場でも同じではないか」と私が話すのを聞いてのことだったと思う。高校生から質問が上がった。</font></p><p><font size="2">「観客を意識してしゃべるんですか？」、「そうです」、「どんなことに注意すればよいですか？」。</font></p><p><font size="2">おそらく「説得力のある話し方」等々、多少の技術的アドバイスをしたはずだ。しかしこの時、</font><font size="2">彼らが模擬裁判の大会に出場する京都教育大学付属高校の生徒さんたちとは知らなかった。</font></p><p><font size="2">後日、指導していらっしゃる札埜（ふだの）先生から、上述の大会に出場します、とのメールを頂いて初めて知った次第だ。</font></p><p><font size="2">「彼らが模擬裁判に…？」。</font></p><p><font size="2">11月、</font><font size="2">大会は東京で行われた。彼らの奮闘振りをこの目で見たかったが、決戦当日の都合がつかず、残念至極。</font></p><p><font size="2">「模擬裁判の甲子園」ともいえる同選手権。</font><font size="2">一つの事件を素材に争点を見つけ出し、弁護側・検察側に分かれて「試合」を行う。</font></p><p><font size="2">今回の題材は、「男性が左胸を刺されて死亡し、男性の妻の兄が犯人として起訴されたが、殺意を否認している」というもの。まるでドラマだ。証拠書類をもとに論理を組み立て、主張・立証もするらしい。</font></p><p><font size="2">予選から高校生達の戦いぶりを見ているプロの弁護士の評は真に興味深い。</font></p><p><font size="2">「～相手に訴えかけたり説得したりという本来あるべき姿を、プロの法律家以上に表現している」。</font></p><p><font size="2">これ、俳優への評ではありませんぞ…。</font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><font size="2"></font><font size="2"></font><a name="more"></a>
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<title>生き方が悪かった…？！</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:57Z</modified> 
  <issued>2008-12-16 11:00:00+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">新聞や本を読み、テレビだったらドラマだけでなくドキュメンタリーも観る。私が日頃生徒に「追体験」として勧めていることだ。</font><font size="2">だが、こういったことに関心を向けない俳優が時々いる。少々</font><font size="2">驚きだ。</font><font size="2">一体何を表現したくて俳優を志したのか…?</font></p><p><font size="2">彼らは自分の感性に少なからず自信を持ち、自分は何かを表現できる人間だと信じている。だからス</font><font size="2">ポットライトを浴び、お客様の拍手を頂きたいと願う。悪いことではない。だが俳優志望の動機がそれだけだとすれば寂しい。</font></p><p><font size="2">俳優は人間を表現する。だから俳優に求められるのは人間観察と洞察力であり、それを表現する高い演技力だ。人間というものに迫る真摯な姿勢が役の造形を深めるのだ。</font></p><p><font size="2">人が一生で経験し体験できることは様々。しかし一個人に限れば、それほど多くの経験や体験ができるわけではない。だから俳優は自分が経験や体験したことのない人生を演ずることにもなる。日頃から知性と感性をストックするための「追体験」が必要な所以である。</font></p><p><font size="2">それには読書を初め、美術、音楽なども含めた芸術鑑賞はもちろんのこと、自分の周りの人間たちや社会への関心を持つことが必須であろう。そういった追体験によって得られた知性と感性は無意識下に置かれ、ある時演技力というフィルターを通して表現へと至る源となる。</font></p><p><font size="2">演ずる登場人物が観客の共感を得なければ、劇場には何も起こらない。社会に関心がなく、人間を深く掘り下げてみようともしない俳優が、劇場空間の中に感動を呼び起こせるだろうか。</font><font size="2">「あー、ああいう人物、いるいる！」、「分かるなあ、その気持…」、「そうなんだよ！そう！」etc,etc…。こういった観客の共感を得た先に「感動」がある。感動が生まれてこその「芝居」である。</font></p><p><font size="2">一方、客席には人間洞察に長けた人物が多く存在する。人生の実相を知り尽くしている観客がいるのである。彼らを納得させる知性、感性、技術が俳優には必要なのである。</font></p><p><font size="2">もう30年以上も前になるか。求められる演技ができないベテラン俳優に、演出家がこうダメ出しをした。「結局、お前はこれまでの生き方が悪かったんだ」。</font></p><p><font size="2">稽古終了後、更衣室で数人の先輩方が、かのダメ出しについて口角沫を飛ばしている。掃除要員としてドアの外で待っていた私に、こんな言葉が聞こえてきた。「ダメ出しでも直せるものと直せないものがある。これまでの生き方が悪かったなんて言われちゃ、どうしようもないよなあ！」。…確かに…。</font></p><p><font size="2">今思う。このダメ出しは「俳優として日頃からの人間観察や洞察の勉強が足りない」という意味もあったのではないか。</font></p><p><font size="2">俳優としての生き方…、俳優として生きる覚悟…。相当なものが必要だと改めて思う。</font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><a name="more"></a>
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<title>金志賢コンサート③　震えた！</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:58Z</modified> 
  <issued>2008-12-08 11:00:00+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">コンサート本番当日。赤坂区民センター。</font></p><p><font size="2">朝9時に仕込みが始まり、稽古開始は14時。通し稽古は16時から予定されていた。本番が19時だから、慌しいことこの上ないスケジュールである。</font></p><p><font size="2">14時からの稽古はジーヒョン君のコンディションを考慮しながら、１幕の幕開きからナンバーを中心に運んでいく。私の司会やトークの稽古をしている時間はない。</font><font size="2">照明担当の大場さんが限られた時間の中で明り合わせを黙々と続けてくれている。</font></p><p><font size="2">稽古は進むが、案の定スケジュールが押し加減になり、通し稽古開始予定の16時を過ぎてしまうことは明らかだった。</font><font size="2">舞台監督の河口さんが心配そうな顔をしている。経験豊かで場数も相当踏んだスペシャリスト。緻密で丁寧な仕事をしてくれる頼もしい存在だ。「このままだと通し稽古の時間がなくなりますが…」と訴えてきた。「やりません」と私が答えると、一瞬意外という表情を見せた。</font></p><p><font size="2">通し稽古をやれば、ジーヒョン君の疲労が増すのは確実。それよりも本番での彼女に賭けたほうがいい。「舞台に立った時、彼女が歌うことだけに集中すればいいようなお膳立てだけはする。通しをやる必要はない」</font><font size="2">。私の考えを河口さんはすぐに理解してくれた。</font></p><p><font size="2">そして本番…。幕開きの「When I need you」から、ジーヒョン君は飛ばしに飛ばした。袖中で聴いている私は震えた！どの曲も素晴らしい！</font><font size="2">どんな状況でも最高の歌を聴かせるのがプロというものだろう。彼女の実力は知っており、彼女を信じてはいたが、結果は予想以上の出来映えだった。</font></p><p><font size="2">ジーヒョン君は確実に「進化」していた！　以前より歌がうまくなっている。本番で力を出すために、稽古では調整していたのだろう。</font><font size="2">特に2幕ラストの「川の流れのように」と、カーテンコールの「あの鐘を鳴らすのはあなた」は圧巻だった。</font></p><p><font size="2">私はこの2曲にこだわっていた。「川の流れのように」はジーヒョン君が好きな曲の一つではあるが、レパートリーでは</font><font size="2">ない。さらに「あの鐘を鳴らすのはあなた」は彼女にとって全く知らない初めての曲だ。しかし私は主張して譲らなかった。「これからも日本で活動を続けるなら、絶対にこの2曲を歌い続けていくべきだよ！」</font></p><p><font size="2">今回のコンサート。この2曲をお客様に聴いて頂くために他の曲があったと言っても過言ではない。だからこそ歌唱力に定評のあるジーヒョン君に、何と歌い方のアドバイスまでしたのである。この2曲に対するお客様の評価が高かったのは本当に嬉しい。そして見事に歌いこなしたジーヒョン君に心から敬服する次第である。</font></p><p><font size="2">さて、コンサートには問題点もあった。私の司会である。舞台に出演するパフォーマーとしての勘がなかなか取り戻せなかった。何とか落ち着きが見えたのは最後の3回目の公演あたりか。やはり私はもう舞台に立つ人間ではなくなっているのかもしれない。反省…。</font></p><p><font size="2">ともあれ、ジーヒョン君の歌を初めて聴いて頂いた観客にはその素晴らしさを知らしめ、以前からのファンにはこれまで以上に彼女の歌声を堪能して頂いた。コンサートはまずまず成功したと言えるのではないだろうか。</font></p><p><font size="2">ジーヒョン君の歌声はこれからも聴く人の心を捉えて離さないだろう。、彼女の今後の活躍を信じて止まない。</font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><a name="more"></a>
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<title>金志賢コンサート② 優先順位</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:58Z</modified> 
  <issued>2008-11-29 11:00:00+09:00</issued> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://enngekizakki.blog.so-net.ne.jp/2008-11-29">
<![CDATA[
<p><font size="2">韓国での「シカゴ」公演出演のため、日本と韓国を行き来するジーヒョン君。そんな過密スケジュールの中でも、彼女はコンサートで予定されている20を越える曲の練習を重ねていた。肉体的にも精神的にもかなりの負担であったに違いない。</font></p><p><font size="2">「シカゴ」の公演が終わった。さあコンサートに全力投球！稽古の日数、時間は限られている。伴奏者との歌合せを数日行った後、</font><font size="2">田園都市線の溝口にある「男女共同参画センター」という劇場を、午後だけ２日間借りて稽古が行われた。本番は</font><font size="2">翌々日、２日後だ。</font></p><p><font size="2">稽古初日。私たちに気を遣わせまいと気丈に振舞ってはいるものの、疲労がたまっているのか、本番を目前にして彼女の体調は必ずしも万全ではない。</font><font size="2">私の目にはそう映った。</font></p><p><font size="2">限られた２日間の稽古で何を優先するか？為すべきことは多いが、すべてできるわけでない。</font><font size="2">コンサートで一番大事なのは、彼女の歌声を劇場に響き渡らせること。存分に自分の歌をステージで歌ってもらうこと。これに尽きる。</font><font size="2"> </font></p><p><font size="2"><font size="2">稽古開始！　全体を仕切る私は、とにかくジーヒョン君に「流れの中でナンバーを順番に歌っていけるような喉になってもらう」ことに終始した。歌曲のジャンルが異なるので、歌唱法をその都度変えなければならない。喉への負担が大きいことは分かっていた。音響さんのサポートは欠かせない。</font></font><font size="2"> </font></p><p><font size="2"><font size="2">音響を担当してくれるのは私と同年生まれの安藤さん。機材を持ち込んで徹底的にジーヒョン君のボーカル・データを取り、本番のために入念な準備を黙々と重ねていた。私は彼に一つだけ注文した。「ジーヒョン君のボーカルを、うるさ過ぎない限界まで客席へ抜いて下さい」。</font></font></p><p><font size="2">歌声を演奏の一部とし、全体として調和の取れた聴きやすさ、心地よさを目指すスタイルのコンサートはよくある。だがジーヒョン君のボーカルは違う。</font><font size="2">観客の心にえぐり込んでくるようなインパクトある彼女の声量と表現を、耳障りにならないギリギリのところまで劇場に響かせてほしいのだ。安藤さんは「さも当然と」ばかりうなづいてくれた。</font><font size="2"> </font></p><p><font size="2">稽古が進む。本来なら舞台における細かい演出上の段取りをあれこれつけたいところだったが、歌うことに全力を傾けているジーヒョン君に余計な負担はかけられない。</font><font size="2">そのためには突然の構成変更も辞さない。</font></p><p><font size="2"> 「スタッフの皆さん、１曲カットしまーす」。私の声が劇場に響き渡る。</font></p><p><font size="2">歌唱法の調整がうまくいかないナンバーを１曲はずすことにしたのである。必死にナンバーに取り組んでいる彼女のために、少しでも不安の材料は払拭しなければならない。</font></p><p><font size="2">その後、稽古はスムーズに運んだ。</font><font size="2">１日目が終わり、2日目の稽古も彼女の体調を考え予定より早めに切り上げた。</font></p><p><font size="2">さあ、いよいよ本番！</font></p><p><font size="2"></font></p><a name="more"></a>
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<title>金志賢コンサート①　構成思案</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:58Z</modified> 
  <issued>2008-11-22 22:23:53+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">金志賢（キム・ジーヒョン）君。以下、ジーヒョン君と呼ばせて頂く。</font></p><p><font size="2">8月。手元にある５０曲ほどのリストをにらむ。ジーヒョン君のレパートリーだ。さて、どの歌を選ぶか…？</font></p><p><font size="2">ミュージカルファン、特に劇団四季のファンであれば、ジーヒョン君のことを知らない人はまずいまい。</font><font size="2">一方、今回来場する観客の３割ぐらいは港区民を含む一般客との見込みも立っていた。</font></p><p><font size="2">知る人ぞ知るキム・ジーヒョン君</font><font size="2">を紹介するコンサート。「こんな素晴らしい歌い手がいるんだ！」と、彼女を初めて見る一般のお客様にもびっくりしてもらえたら、こんな嬉しいことはない。</font></p><p><font size="2">ナンバーを中心に運び、芝居仕立てにはしない。ただしストーリー性は持たせる。テーマをどうするか…？　ジーヒョン君の「今日に至るまでの道のり」。これで行こう！</font></p><p><font size="2">二部構成のコンサートにすることを決め、ナンバー選びを開始。ポピュラー、ゴスペル、ミュージカル、日本歌曲。これらを英語、韓国語、日本語で歌う。大事な幕開きとラストは以下のように。</font></p><p><font size="2">①1幕の幕開き：歌声が客席にダイナミックに響くポピュラー。</font></p><p><font size="2">②1幕ラスト：劇団四季時代のミュージカル・ナンバー。</font></p><p><font size="2">③2幕の幕開き：再び、歌声が客席にダイナミックに響くポピュラー。</font></p><p><font size="2">④エンディング：絶対に日本歌曲でしめる。</font></p><p><font size="2">大まかな枠組みが決めてから、都合２０曲ほどの選曲も終えた。次はこれらのナンバーをどうつないで行くか…？　コンサートのコンセプトを明確にしなければならない。それ次第でトークのスタイルが決まる。うーん…？</font></p><p><font size="2">「洗練されたボーカルと泥臭い司会」。これで決まり！　予算のことも考慮し、司会は私がやることに。舞台に立つのは実に４年ぶり。本格的な劇場の舞台となると７年ぶりだ。だが、何とかなるだろう。演技するわけではない。司会だ。それも自分が書いた構成台本。大丈夫、大丈夫！</font></p><p><font size="2">これがどんなに甘い考えであったかを私は本番当日に知ることになるが、それは最終回に譲る。</font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><a name="more"></a>
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<title>仕切り直し</title> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">前回までは、かつてホームページ上に載せていたものを転載していた。今</font><font size="2">回からは</font><font size="2">出来立てホヤホヤの文章。仕切り直しをして始める。</font></p><p><font size="2">私は芝居屋。俳優やスタッフの協力を得て、舞台の上から作品が観客に語りかけるものを整理統合する。世の中には無くてもいい仕事かもしれない。しかし、あっても決して無駄にはならないし、人々に喜びや感動を与えることができると信じ、誇りを持っている。</font></p><p><font size="2">私は残りの生涯も演劇の世界で生き、舞台の上からメッセージを放ち続けたいと願う。だから作品を創り、俳優も育てる。</font></p><p><font size="2">日々の営みは、明日の観客の感動のために。</font></p><p><font size="2">このブログは私の足跡となる。</font></p><p><font size="2"></font></p><p><font size="2"></font></p><a name="more"></a>
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<title>肉体に刻み込む　マグマ　2008年　7月19日</title> 
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  <modified>2012-05-16T05:11:58Z</modified> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">テキストの通りに台詞を言えない生徒が少なくない。間違えて覚えていても平気の平左だ。</font></p><p><font size="2">「台詞が正確に覚えられなくて」とはよく聞く言葉だ。しかし台詞は覚えるものではない。体に刻み込むものだ<br />台詞そのものは演技のうちの一部でしかなく、出口に過ぎない。肝心なのはそれ以前の段階にある。</font></p><p><font size="2">しかし観客に「物語の筋を伝える」という意味では、台詞は大きな役割を担う。出口を誤れば、それまでの苦労、努力が全て水の泡。</font></p><p><font size="2">先日読んだある雑誌に、元映画俳優だった料理人の話が載っていた。若い頃、彼はロケ先で台詞が覚えられずを連発。困った末、共演していた大女優さんに相談した。返ってきた答えはこうだ。</font></p><font size="2"><p><br />「台詞なんて千回も言えば覚えられるわよ。私は目、耳、舌、身体と五感のすべてを使って臓腑に叩き込むようにして覚えたわ」。<br /><br />…千回…。彼は雑誌の中でこう続ける。<br />「決められた台本というマニュアルでも、体に徹底して叩き込めば自然に操れる。けれどその徹底して叩き込むというのがほとんどできない。</p></font><p><font size="2">体に刻み込んだことは忘れない。自転車に乗る、泳ぐ。小さい頃に体で覚えたことは大人になっても忘れない。</font></p><p><font size="2">肉体表現として演技をとらえること。テキスト（台本）を読み解き、登場人物が体験したであろうことを想像力を使い、自らの体験として「実際に体を動かし具体的に演じてみる」。<br /><br />マイムで構わない。そのことで起こってくる感情を体験しておくことは役作りに非常に有効だ。<br />こういった準備を繰り返す中で、テキストを何度も読み返し、「役の心情」をストーリー展開の中でつかんでいく。やがて各シチュエーションでの「心の置き所」が定まるだろう。<br /></font><font size="2"> </font></p><p><font size="2">次に台詞を体に刻み込む。登場人物や台詞の解釈は確かに必要。だがそれだけでは肉体表現に至らない。「役の心情」をつかみ、「心の置き所」が定まった上で、台詞一つ一つの言葉の持っているイメージとボリュームを体に刻んでいく。雰囲気にならずに台詞を具体的なイメージでとらえていかなければならない。<br /><br />「手切り」、「仕分けのマイム」、「イメージのマイム」を駆使して台詞の内容・意味を取りながら、「伝えたい」という強い意思を持ち、腹式の発声で何度も何度も台詞をしゃべり、体に刻み込む。<br /><br />台詞や演技が己の血や肉となり、全身の細胞から発せられるような肉体のメカニズムを一旦作り上げておく。その結果、「マグマ」が意識の奥底に沈殿するであろう。応えたい、訴えたい、表現したいという「衝動」だ。だがその存在は一時忘れてしまって構わない。<br /><br />やがてあることをきっかけに「マグマ」は噴出する。「あること」とは、すなわち他の登場人物や状況、事件等々、外部からの「働きかけ」である。想念だってきっかけになる。<br /><br />俳優は「アクター（行動する人）」というよりも、「働きかけ」に対する「リ・アクター（反応する人）と言うにふさわしい</font></p><a name="more"></a>
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<title>5年目の決意　2008年4月25日</title> 
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  <issued>2008-11-06 11:00:00+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<p><font size="2">時は止まらない。気がついたらシアタープロジェクト羽鳥を立ち上げてから５年目を迎えている。</font></p><p><font size="2">３月、演技クラス開講当初からの生徒さんに「羽鳥塾」の誕生日を祝うバースデー・カードを頂いた。</font><br /><font size="2">２００４年のレッスン初日の日記にはこうある。</font></p><p><font size="2">１４時、羽鳥塾のグループレッスン初日。一人風邪による欠席で、塾生５人で開講。ハウステンボスの皆からお祝いのお花と手紙が届く。嬉しい。○○さん、『映画に出たい』の個人レッスン。</font></p><p><font size="2">自問する。立ち上げた時の理念にブレはないだろうか？　</font></p><p><font size="2">「俳優の育成」、「作品創り」、共に「プロ志向」であることに変わりはない。だから発表会はやらず、「公演」を目指す。</font></p><p><font size="2">来年、第一回公演として「ファンタジーミュージカル夜物語」を予定しており、今劇場を探している。自力で公演を打つのに５年を要するということか。（まだ実現したわけではないが。</font></p><p><font size="2">優れた作品を創る力のある演劇人は数多くいらっしゃる。だが我々もその方々に比べ、そう劣らない力量があると自負している。</font></p><p><font size="2">我々は地味ではあるが地に足をつけている。派手ではないが確固たる演劇観を持っている。</font></p><p><font size="2">何年もかけて創られ、多くの観客に支持を得た海外ミュージカル作品を、我々は俳優としてだけでなく、スタッフとしても体感できたという何物にも代えがたい経験を持つ。門前の小僧という言葉があるが、まさにミュージカル創りのノウハウが体に刻み込まれている。</font></p><p><font size="2">我々は決して安易な妥協はしない。「夜物語」の出演者が羽鳥塾の生徒だけでは有料公演に値しないとなれば、一般からの俳優も公募しよう。そう決めている。「プロ」である限り、お金を払って劇場にいらっしゃるお客様の立場で作品を創らなければならない。でなければ我々に未来はない。</font></p><p><font size="2">最近になり、美術、音楽のセクションで新しい才能と出会うことができたのは嬉しい。もちろん上演にこぎつけるには、創作スタッフ以外にもマネジメント分野での人材が必要だ。我々は今、そういった才能と情熱のある人間も求めている。</font></p><p><font size="2">困難は続くだろう。しかしやり抜かなければならない。やり遂げなければならない。すでに台本と曲は出来上がっている。後は作品の練りこみだけだ。羽鳥塾ミュージカルクラスでは、「夜物語」をテキストとしてのレッスンも始まった</font></p><p><font size="2">シアタープロジェクト羽鳥設立５年目を迎え、新たに気を引き締める日々である。</font></p><a name="more"></a>
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